2026年8月、米国ニューメキシコ州から飛び立った全長65mの飛行船型機体が、太平洋を13日かけて横断し、高知県の室戸岬沖へ到達しました。これは衛星ではありません。成層圏に滞空し、地上やドローンへ携帯電話の電波を届けるHAPSです。
ソフトバンクは9月2日、スマートフォン通信に加え、HAPSとドローン間の飛行制御、位置情報送信、映像伝送も確認したと発表しました。ドローン通信に第3の選択肢が示された形です。
先に結論を言うと、HAPSは衛星の代替ではありません。地上LTE・5GとLEO衛星の間に、地域を選んで広域通信を届ける層が加わる。ドローンの安全運航は、HAPSを含む複数回線を重ねる方向へ進むと考えるのが現実的です。
HAPSを一言で説明すると、成層圏に置く基地局
HAPSは「High Altitude Platform Station」の略です。飛行機や飛行船を成層圏で運用し、通信ペイロードを基地局や中継局として使います。高度約20kmとされ、飛行船のLTA型と固定翼機のHTA型があります。
なお、高度は「常に20km」と決まっているわけではありません。ITUの無線通信規則上のHAPS定義は20〜50kmですが、WRC-23のHIBS(HAPSを携帯電話基地局に使う形態)の関連条件は18〜25kmを示しています。今回、Sceyeが公表した日本での通信試験高度は約16.5kmでした。機体の通称、公称運用高度、個別試験の高度、電波制度上の条件は分けて読む必要があります。
HAPSは衛星ではない—地上、成層圏、宇宙の位置関係
比較の出発点は距離です。地上基地局は地表付近、HAPSは成層圏の約20km、LEO(低軌道)衛星はさらに遠い宇宙空間を周回します。NASAはLEOを高度2,000km以下の地球周回軌道と説明しています。
HAPSは衛星と違い、軌道に投入されません。推進や浮力を使って対象地域の上空に滞空し、地上へ戻して保守する航空システムです。衛星より地上に近いため伝搬距離を短くでき、通信エリアを特定地域へ寄せる運用も考えられます。
一方で、「空中にあるから地上インフラが不要」という理解は正確ではありません。今回の試験では、HAPSの4G LTE相当基地局を地上ゲートウェイ経由でソフトバンクのコアネットワークにつないでいました。一部の地上基地局が被災しても上空からエリアを張れる可能性はありますが、ゲートウェイやバックホールの冗長化は別途必要です。
ソフトバンクとSceyeの日本実証で、何が確認されたのか
2026年9月2日のソフトバンク発表とSceyeの発表を照合すると、確認できる事実は次の通りです。
- SceyeのLTA型HAPSが米国から日本まで15,000km以上を飛行した
- 高知県室戸岬沖で長時間の位置保持を行い、最小半径5kmの範囲を実現した
- 地上のスマートフォンで音声、テキスト、ビデオ通話、動画視聴、緊急速報メール、118番通報を確認した
- HAPS通信環境下の遠隔制御でドローンを自動飛行させ、飛行制御、位置情報、映像伝送を確認した
- HAPS上でスマートフォン向けの処理を行うエッジコンピューティングで、往復平均68msの応答処理時間を記録した
ここで最も注意したいのが68msの意味です。これはHAPS上のモバイルコアとWebサーバーでスマートフォンからのリクエストを処理し、端末へ返した往復平均です。ドローンC2(コマンド・アンド・コントロール)の端から端までの遅延値ではありません。安全運航への適合性を判断するには、遅延の平均だけでなく、最大値、ばらつき、パケット損失、瞬断を見る必要があります。
公表されていないことも同じくらい重要
ドローンの機種、搭載通信端末、アンテナ、周波数帯の詳細、飛行距離、速度、通信速度、ドローン向けの遅延値は公表されていません。飛行制御が実施されたことは事実ですが、それが商用BVLOS(目視外飛行)に必要な認証済みC2回線に相当するとは発表されていません。
「日本初」も第三者認証の呼称ではなく、2026年8月23日時点の公開情報に基づくソフトバンク調べです。成功したことと、まだわからないことは分けて見る必要があります。
ドローン通信にとって重要なのは、「上空からの面」が加わること
山の陰、海岸線の外側、道路や送電線の長い経路、通信基地局が被災した地域。こうした現場では、地上基地局のアンテナが主に地上利用者へ向けられていることや、地形で電波が遮られることがボトルネックになります。
HAPSは上空から広いエリアを見下ろします。ドローン側から見れば、飛行経路の上方に通信先があるので、地表の局所的な障害物の影響を受けにくい構成を作れる可能性があります。何十kmも続く点検経路で基地局ごとのハンドオーバーを繰り返すのと、1つの広いHAPSエリア内を飛ぶのでは、通信設計の前提が変わります。
ただし、これは「通信できる可能性」の話です。ドローンの姿勢で機体がアンテナを遮蔽しないか、上り回線の電力が十分か、地上系と干渉しないかは、端末とエリア設計で確かめなければなりません。
災害、山間部、離島、海上での価値は「使える条件」とセットで見る
災害対応:被災地の上に通信エリアを作る
地上基地局が停止した地域で、ドローンの被害把握、孤立集落の確認、物資輸送に通信を戻せる可能性があります。必要条件は、HAPS自体に加え、健全なゲートウェイとコアネットワークへの経路、災害時の回線優先制御、交代機です。
山岳・森林:探索範囲を一体で見る
捜索救難や山林監視では、地上LTEが途切れる稜線や谷間を含む、より広い運航エリアを支えられる可能性があります。一方、深い谷や機体の上空視界が得られない場所は、HAPSでも万能ではありません。
離島・沿岸・海上:地上網が途切れる経路をつなぐ
海岸線の外へ出る監視飛行や離島物流では、HAPSの地域カバーとLEO衛星の広域カバーを組み合わせる価値があります。HAPSエリアから外れたとき、またはHAPS機体が保守に入ったときに、衛星へ切り替えられるかが鍵になります。
インフラ点検・物流:通信と運航管理を同時に設計する
送電線、道路、河川、ダムの長距離点検や定期物流では、映像を送る回線と、機体を安全に帰還させるC2回線の要件が異なります。HAPS上のエッジ処理で映像の異常候補だけを地上へ送る構想は有望ですが、実運用ではAIの誤検知・見逃しと処理遅延を含む試験が必要です。
2.4GHz・地上LTE/5G・HAPS・LEO衛星を同じ軸で比べる
| 比較項目 | 2.4GHz直接通信 | 地上LTE・5G | HAPS | LEO衛星通信 |
|---|---|---|---|---|
| 通信経路 | 操縦・地上局と機体が直接 | 機体から地上基地局、コア網へ | 機体から成層圏の基地局・中継局へ | 機体から軌道上の衛星へ |
| おおよその中継高度 | 地上〜低空 | 地表付近 | 成層圏の約20km | 宇宙空間。LEOは2,000km以下と定義される |
| 地上インフラ依存 | 低い | 高い | アクセスは上空だが、構成によりゲートウェイに依存 | 地上基地局への依存は低いが、ゲートウェイ・運用網は必要 |
| カバー範囲 | 見通しや出力に強く依存 | 基地局エリア内 | 地域性の高い広域面。直径最大200kmは企業公表値 | コンステレーション全体で広域 |
| 遅延の傾向 | 経路が短い | 一般に小さい | 衛星より伝搬距離を短くしやすい | HAPSより伝搬距離が長く、衛星移動も考慮 |
| 端末への影響 | 小型・軽量化しやすい | 上空対応モデム・SIMが必要 | 既存携帯系端末との共通化が期待されるが商用条件は未発表 | 方式により専用モデム・上空視界・アンテナが必要 |
| 災害時 | 現地で完結しやすいが距離に制約 | 基地局・回線断の影響 | 被災地上空からエリア形成できる可能性。バックホール冗長化が必要 | 地上網と別経路を作りやすいが端末条件がある |
| 海上・山岳・離島 | 限定範囲向け | エリア内で有効 | 特定地域の面的カバーに期待 | より広い空白地域の補完に適性 |
| 現在の商用利用 | 広く利用される | 国内では4G LTE中心の上空利用プランがある | 日本で試験段階。ソフトバンクは2027年以降の商用化を目指す | 方式と端末ごとに商用サービスあり。ドローン搭載可否は別途確認 |
| 主回線・予備回線 | 近距離の主回線、現地回線 | 通常運航の主回線候補 | 地域カバーの主・予備回線候補。要SLA確認 | 圏外・域外の予備回線候補。用途により主回線 |
| 主な制度論点 | 技術基準適合、出力、周波数 | 通信事業者の上空利用条件、干渉 | HIBS周波数、免許、干渉、HAPS機の耐空性と空域管理 | 衛星通信の免許・端末認証、航空利用条件 |
国内ではNTTドコモ、KDDIスマートドローン、ソフトバンクが上空LTEサービスを公開しています。端末、申請、エリア、料金条件は各社で異なります。
HAPSがまだ商用ドローン運航の標準回線とは言えない理由
最初の理由は、サービス条件が未発表だからです。ソフトバンクとSceyeは、2027年以降の日本国内での商用化を目指しています。これは「2027年に全国で使える」という約束ではありません。開始日、対象エリア、料金、対応モデム、SLA、同時接続数、災害時の優先利用条件は確定していません。
2つ目は、機体運用の継続性です。成層圏は対流圏より安定していますが、風向・風速は変化します。機体は太陽電池、蓄電池、推進系、航法系、通信ペイロードを載せた航空機であり、保守と交代が必要です。1機がエリアを担うなら、故障や帰投時に別機へ引き継ぐ方法が要ります。
3つ目は、通信できることと、航空の安全回線として使えることの間に距離があることです。ドローンC2では、平均通信速度より、瞬断時間、可用性、データの完全性、通信経路の監視、失敗時のフェイルセーフが重要です。映像が一時的に荒れることと、帰還指示が届かないことは、リスクが違います。
さらに、HAPS機体側の航空制度と、HAPS通信を使うドローン側の飛行制度は別です。国土交通省の飛行許可・承認制度では、目視外飛行や地表・水面から150m以上の飛行などに条件があります。HAPSにつながったからといって、ドローンの飛行許可やリスク評価が不要になるわけではありません。
本命はHAPS単独ではなく、4層を切り替える通信設計
実運用では、ドローンが今どの回線を使っているかより、主回線が切れたときに何が起き、何秒で次の回線へ移れるかが重要です。
例えば、離陸・着陸時は2.4GHz直接通信を残し、通常の広域運航は地上LTEを主回線にする。山間部や災害地域のHAPSエリアではHAPSへ切り替え、地域エリアから外れる飛行ではLEO衛星を予備にする。このような役割分担です。
HAPS Allianceが2026年5月に公開したホワイトペーパーも、地上基地局・HAPS・LEO衛星の関係を「協調」「補完」「競争」の3つで整理し、多くのシナリオでは競合よりも補完的だとしています。また、3GPP Release 17では衛星向けNTNと地上系の統合が進み、続く標準化ではUAVやHAPSとの統合が拡張されています。
ただし、モデムが複数の電波を受けられるだけでは不十分です。回線の品質を監視し、C2と映像で優先度を分け、切替中の瞬断を吸収し、どの条件で自動帰還や安全着陸へ移るかを運航システム全体で決める必要があります。
2027年以降、ニュースより先に見たい7つの指標
- 商用エリアと提供時間:年中常時か、期間・地域限定か
- フリート冗長性:1機の帰投・故障時に通信エリアを引き継げるか
- ドローン対応端末:モデム、アンテナ、SIM、機体インターフェースが公開されるか
- C2向けSLA:平均速度ではなく、可用性、最大遅延、ジッター、損失率が示されるか
- 回線間ハンドオーバー:地上LTE、HAPS、衛星の切替時間と失敗時動作が実測されるか
- 制度と認証:HIBS周波数、無線局免許、航空機としての耐空性、高高度空域管理がどこまで実装されるか
- 料金と災害時運用:常設利用と緊急利用の契約、優先制御、誰が費用を負担するか
SkyLink Japanの実務的な見方—「対応待ち」より先にできること
HAPSのドローン向け商用条件が出るまで、何もできないわけではありません。むしろ今の段階で、2.4GHz、地上LTE、衛星など現在使える回線を切り替えるPoCを行うことに価値があります。
確かめるのは通信速度だけではありません。主回線を意図的に切り、予備回線へ移るまでの時間を測る。C2と映像のトラフィックを分け、帯域が狭くなったときにC2を残す。パケット損失を発生させ、ホバリング、帰還、安全着陸のための閾値を確かめる。その試験項目は、将来HAPS回線が加わってもそのまま使えます。
機体や運航管理システムを選ぶときも、現在の通信方式だけで閉じた構成にしないことが大切です。モデムを交換できるか、複数SIMやデュアル回線に対応できるか、通信品質をAPIで取り出せるか、外部の回線制御が可能か。HAPSを「将来追加できる1回線」として仕様に織り込む考え方です。
通信方式から機体を選ぶのではなく、運航上絶対に残したい機能から、主回線と予備回線を設計する。HAPS時代にもこの順序は変わりません。
まとめ:HAPSが増やすのは「通信の正解」
ではなく、安全設計の選択肢
日本上空での試験は、HAPSがスマートフォンだけでなく、ドローンの制御・位置情報・映像に使える可能性を示しました。これは大きな前進です。同時に、ドローンの端末、性能、認証、商用条件にはまだ多くの空欄があります。
HAPSは衛星ではなく、衛星の代替でもありません。地上と宇宙の間で、必要な地域に通信の面を作る層です。この層が実用化されれば、災害対応、山岳救難、離島物流、海上監視、長距離点検の通信設計は大きく変わります。
私たちが今見るべきなのは「HAPSで何Mbps出たか」だけではなく、通信が切れた瞬間にドローンが安全でいられるかです。HAPSを新しい主役として祭り上げるより、現在の2.4GHzとLTE、将来のHAPSと衛星を、どう重ねるか。その設計こそが、2027年以降の実務的な論点になるでしょう。
FAQ
HAPSは衛星ですか?
いいえ。HAPSは成層圏で運用する飛行機や飛行船型の通信プラットフォームです。軌道上を周回する衛星とは、高度、運用、保守、規制が異なります。
HAPSの高度は必ず20kmですか?
必ずではありません。業界説明では約20kmが一般的ですが、規則上の定義や個別試験の高度は異なります。2026年のSceyeの日本試験で公表された高度は約16.5kmです。
2026年の実証で、ドローンは何を通信しましたか?
ソフトバンクは、HAPS通信環境下の遠隔制御による自動飛行、飛行制御、ドローンからの位置情報送信、映像伝送を確認したと発表しています。機種、端末、速度、個別の遅延は未公表です。
68msはドローンの制御遅延ですか?
いいえ。HAPS上のモバイルコアとWebサーバーを使い、スマートフォンの通信を機上処理した往復平均です。ドローンC2の端から端までの遅延とは公表されていません。
HAPSがあれば衛星通信は不要ですか?
不要にはなりません。HAPSは特定地域の広域カバーに強みがある一方、LEO衛星はコンステレーション全体でより広い範囲を支えられます。エリア外やHAPS保守時の予備として、衛星は引き続き重要です。
HAPSは日本でもう契約できますか?
2026年9月5日時点で、ソフトバンクは2027年以降の商用化を目指すとしています。ドローン向けの一般契約、料金、エリア、対応端末は公表されていません。
HAPS実用化を待つ間に、何を準備すべきですか?
現在使える2.4GHz、地上LTE、衛星などの切替試験を行い、瞬断、C2と映像の優先制御、フェイルセーフの条件を決めておくことが有効です。将来、HAPSを新たな回線として追加しやすい機体・モデム・運航管理システムを選ぶこともポイントです。
調査基準日:2026年9月5日 サービス開始日、料金、対応端末、制度は変更される可能性があります。実運用の設計時は、通信事業者、機体メーカー、国土交通省、総務省の最新情報を確認してください。
ドローンの通信要件と冗長化構成を整理しませんか
HAPSを待つ間にも、現在使える直接無線、LTE、衛星回線をどう切り替えるかは検証できます。運航シナリオからC2、映像、フェイルセーフの要件を整理するご相談を承ります。
BLOG REQUEST
次に読みたいブログを教えてください
「こんなドローン情報を知りたい」「この機種を比較してほしい」など、今後のブログへのご要望をお寄せください。


